先週のある日、外に出てお昼ご飯を食べていたらテレビ画面に懐かしの映像が。ブレザー姿の武田真治さんとセーラー服の高橋由美子さん。そう、1994年に大ヒットした「南くんの恋人」でした。明日7/16(火)からリメイク版の「南くんが恋人⁉」が始まるということで、番宣の一環として懐かしの武田さん、高橋さん版「南くんの恋人」が放送されていたようです。
Wikiで調べてみたら、実は武田さん、高橋さん版は2作目で、1作目は1990年に放送された石田ひかりさん主演の単発ドラマだったそう。そしてその後、2004年、2015年にもリメイク版が放送され、今作が実に5作目となるのだそうです。恋人が手のひらサイズになってしまうというのは、それだけ魅力的なパッケージということなのでしょう。
男女の主人公の設定が入れ替わるケース
さて、今クール始まる「南くんが恋人⁉」では、原作やこれまでの4作とは異なり、ヒロインのちよみではなく南くんが小さくなるという形に設定が変更されています。原作と性別や設定が変わる、というのは映像化ではしばしばあることですが、主役の男女の設定が入れ替わるというのはなかなか珍しいように思います。
非常に近い例なのが、2020年に公開された台湾映画「1秒先の彼女」が、日本版リメイクでは男女の設定を入れ替えた「1秒先の彼」として公開されたケースです。その理由として「配役に行き詰った」ことが脚本の宮藤官九郎さんから語られており、実際に設定が入れ替わったことで、残念なせっかちイケメンを演じる岡田将生さんや、マイペースで挙動不審なのに芯が強いヒロインを演じる清原果耶さんの魅力が見事に引き出されています。
その一方で、設定の変更には語られない理由もあると考えています。「1秒先の彼女」が台湾でジェンダー的な視点からの批判を受けたことです。(以下、「1秒先の彼女」「1秒先の彼」のネタバレを含みます)
「1秒先の彼女」が受けた批判
「1秒先の彼女」の主人公は、人よりワンテンポ遅いバスの運転手です。彼は人よりワンテンポ遅れ続けた「帳尻合わせ」として、自分以外の世界が止まってしまった1日を思いがけず過ごすことになります。批判を受けたのは、意識がないヒロインを乗せたバスを思い出の海へ走らせ、彼女にいろいろなポーズを取らせたうえで(自分とアシンメトリーになるようなポーズやタイタニック風のポーズなど)記念撮影をしたシーンです。意識のない女性を支配下に置いて好きに扱った、ということが批判の対象になったのです。
「1秒先の彼」では、男女の設定が入れ替わることでこの問題が非常にうまく見えなくなっていました。ヒロインの女性(清原果耶さん)はバスの運転手ではなく大学生で、自分以外の世界が止まってしまった世界で、自分と同じように混乱するバスの運転手(荒川良々さん)に出会います。片思いの男性(岡田将生さん)にポーズを取らせて写真を撮るのは同じですが、岡田さんを運んだり、ポーズを取らせたりする役回りが、自然な展開として清原さんだけでなく荒川さんにも与えられています。ヒロインに共感して協力する荒川さんの存在が、ヒロインの変質者的な印象を絶妙に和らげているのです。
「南くんの恋人」は、体が15㎝になってしまい、普通の日常生活を送れなくなってしまったヒロインを、主人公の南くんがかくまう設定になっています。意識がない、本人が望まないという状況ではないにせよ、「1秒先の彼女」と同様に「抵抗できない女性を支配する男性」という印象を与える可能性はあります。今回のシリーズで男女の設定が入れ替わった背景には、そんな懸念もあったのかもしれません。
陳玉勲監督が意図したこと
さて、「1秒先の彼女」が巻き起こした批判について、陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督は「監督がコントロール出来ることを超えて」いるとした上で、以下のように語っています。
多くの人が阿泰(※グアタイ。男性の主人公)のことを、曉淇(※シャオチー。ヒロイン)をストーカーする変質者と言う。でも実際、男性であれ女性であれ、好きな人が出来ればその人のことを知りたいと思う。それって自然なことでしょう。どこの学校に通っているのか?どこに住んでいるのか?そういう好奇心を抱くことだってありますよね。こういう行為がこの世にはないと否認することは出来ない。阿泰みたいな、自分を表現することが苦手な不器用な男の子は、現実の中に確かにいます。モテないし、愛情表現も苦手で、「好きだ!結婚してくれ」とかいう勇気なんかサラサラ無い。僕が映画で表現したいのは、そういう存在なんです。
「『1秒先の彼女』の映し出すもの」 『ユリイカ』2021年8月号「台湾映画の現在」
陳監督の代表作『熱帯魚』や『ラブゴーゴー』でも、社会の中でうまく生きられない人々が、うまく生きられないながらに現実に向き合う姿が描かれています。その「うまく生きられない」ぶりはリアルで厳しい現実を感じさせるものですが、「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇である」というチャップリンの言葉を地で行くような登場人物たちを見ていると、涙と同時に笑いも出てきてしまいます。不器用に生きる人々に向ける暖かなまなざしは、陳作品の真骨頂と感じます。
まとめ
以上、「1秒先の彼女」の事例から考える、男女のキャラ設定が入れ替わる理由でした。本文で触れた社会的にどう受容されるかという観点とは別に、単純に設定が入れ替わることで作品の新たな魅力が引き出されるということもあります。「1秒先の彼」でも設定を変更したことによる印象の違いが記事化されていました。「南くんが恋人⁉」でも、今の時代に合った新たな作品の魅力を発見できるのではないでしょうか。
外部リンク:「『1秒先の彼』がリメイクで性別変更した理由とは?」
また、「1秒先の彼女」はAmazonPrimeやHuluで見られますので、ご興味を抱かれた方は必見です。美しい嘉義の田園風景をバスが進んでいくシーンだけでも一見の価値ありです。
さらに、7/20(土)から新宿のK’s Cinemaで開催される「台湾巨匠傑作選2024」では、陳監督の初監督作品である「熱帯魚」の上映が決まっています。生活に困って都市部の少年を誘拐してみたものの、どうしていいか分からず親切にしてしまう誘拐犯一家と、都市の中で居場所を見つけられず、誘拐先で不思議な夏休みのような時間を過ごす少年。そんな「うまく生きられない」人々の交流を描いた、笑いと涙がこみ上げる作品です。ぜひ足を運んでみてください。
(サムネイルは嘉儀のお隣台南の黄金海岸。また行きたい!)
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